Vi skal ha pause?

オスロ大学に留学中。学んだこと感じたこと考えたことの記録。

ハタチの終わりと3ヶ月を振り返って

 おはようございます!

 

もうすぐ21歳になるので自分が1年何をしてきたのか、また3ヶ月の留学を整理したいと思って記事を書きます。テスト前で書いてる暇なんてないけれど、思いは鮮度が大切だと思うので。

 

毎年の如く この1年はあっっという間でした。    

    あっという間と感じることは毎日を充実できていると捉えているので、ネガティブには感じませんが、もう少し今ノルウェーでできているような自分と向き合う/心を整理する時間を取れたら良かったなと思います。

 

11月 留学/ゼミ/プロジェクト派遣の決定

3月 KAKEHASHIプロジェクトでアメリカ研修(http://sv2.jice.org/news/KAKEHASHI2016_univ_yoko.pdf)

8月 留学スタート

が主なイベントでした。

 

11月は色々な事にチャレンジした時期でした。

留学やゼミなど将来の進路が決まるイベントだらけだったので、いつもより沢山「自分はなぜこれをしたいのか」ということを深く考えていました。英語は全然できないのに3倍の倍率があったプロジェクトに合格できたのは、今でもよく分かりません。運が良かったです。多分

そして無事、オスロ大学への留学、第一希望の比較政治学のゼミ、プロジェクトへの派遣が決まりました。

 

3月のプロジェクトに関しては書くと非常に長くなるので、別で書きたいと思います。1年越しで来年の3月に書こうかな。

 

8月いよいよ留学のスタート。ここからは留学の振り返りです。間違いなく20年間で1.2番に大きなイベントです。

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【留学ブルー】

    前の記事を読んで頂ければお分かりの通り、誰もが通る"留学ブルー"に深く悩み苦しみました。もう恥ずかしくて記事読めないし、消したいけど、私の留学に不可欠なピースなので残します。いつか読めるといいな。(あ、想像以上の人から同意/励ましのリアクションを貰ってすごく元気が出ました。ありがとうございました!)

    1番深い留学ブルーは脱しました。(まだ色々悩みます。) これは 自信がついたからでも、英語ができるようになったからでもありません。時間が解決してくれました。あんなにも追い込まれていたのに、生活に慣れ、授業やイベントを通して少しずつ友達ができてきて、「日常」が決まってくると、Take it easy 思考になってきました。今考えると、初期は授業も無くて暇で、見知らぬ土地で寂しさで覆われていました。「友達もすぐにできる訳じゃないのに、」当時も言い聞かせていたけれど、やっぱり納得できなかったこの考えも友達ができた今は分かります。

     けれど、主体的にコミュニティを広げていけたか と訊かれると完全に頷くことは出来ないです。受け身精神が残っています。なので次のセメスターの目標は主体性について考え、行動することです。

 

【日本コミュニティからのexclusion】

    よく日本でいたコミュニティから排除されていることを感じ、それに悲しむ時があります。その場にいることができなかったり、話していることが分からなかったり、やっぱり辛くて、1人だけ置いてかれてしまうように思います。帰って来たら元どおりになるだろうし、日本にいないのだからコミュニティから離れてしまうのも当然なのに。

    ノルウェーに来てから 自分が如何に日本でコミュニティに依存して生きてきた のか実感します。上の主体性とも関わってくるけど、まだ本当の意味で1人でいられることは私には厳しいようです。 だから日本にいても連絡をくれる友達の有難さが身に沁みます。

 

    今、日本にもノルウェーにもいない宙ぶらりんな感覚です。日本とは物理的に離れていて、流行りも分かりません。この前動画で日本の電車のアナウンスを聞いた時、なんだかすごく「変」に感じました。新宿三丁目の写真を見た時非常に懐かしさを感じました。一方でノルウェーに属しているとも思いません。私は1年間のみの留学で来た身だし、言語も分かりません。"アイデンティティの喪失" とは違うけど、どこかふわふわしている感じを味わっています。

 

【勝ち負けの精神】

    負けず嫌いな性格ですが、こっちに来てからいかに競争社会の考え方に毒されているのか痛感します。やっぱり「他者との比較で優れている方が良い」と感じてしまいます。

英語ができる人が羨ましくなるし、良いグレードを取った人が羨ましくなります。人と比べて「でも自分は…」と落ち込む時も沢山あります。大事なことは「自分との勝負であること」だと頭では思いますが、競争社会に20年晒されると、自信を無くして中々修正できません。初めの記事で述べたように「自信を持つこと」、これもノルウェーでの課題です。

 

【自分にとっての英語の必要性】

    自分の留学目的の1つとして語学力向上があります。でも私は将来日本を出て働きたい訳では無いし、外資系企業に勤めたい訳でもありません。leadershipやinitiativeなんていう言葉に全く興味もありません。旅行をしたり、論文を最低限読める英語力は備わっています。正直、日本に生涯いるなら、日本の要素だって大切です。日本に関する教養は中途半端のままです。

    今までは学校や政府によって作られる「グローバル化」に流されるがまま「とにかく英語ができた方がいい!私には必要なんだ!」と思っていました。(日本にいるから英語を学ぶ必要が無いとは全く思いません。何かを学ぶことは教養をつける上で非常に大切です。)

    でも留学をして思うことは、日本にいたら必要な英語のレベルは達成している上で、自分はどこまでの英語力をつけたら満足するのか。ということです。未だに答えが出ません。何にも考えないで「英語=重要」と考えてきたからこそ当たる壁です。

 

 

    留学をして こんなにも自分と向き合うとは思いませんでした。向き合っている時はモヤモヤしているけれど、こうやって考えている時間の大切さは日本にいたら気づきませんでした。それが1番大きな収穫です。

 

こんな長くまとまりのない記事を読んでくれた方は本当にお疲れ様でした! ありがとうございます。 

育児休業制度 ②Japan

 

こんばんは。前回の宣言とは裏腹に更新に大分日が空きました。

時間は沢山あるけれど、溶かしていることを実感します。暇な時間が全然無くて(毎日日本よりではないけれど)追われています。

 

ノルウェーでは短すぎる秋が終わり冬が始まりました。0℃を超えると暖かいと感じられるようになりました。ちなみに日照時間も8時間を切り、どんどん短くなっています。(今日はsunrise 8:03, sunset 15:58でした)

 

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(旅行で4日間ノルウェーから離れていたのですが、帰ってきたらこんなことになっていました)

 

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さて本題に入りますが、今回は日本の育休について書きます!!

これはtermpaper②に関連していて、私は「日本とノルウェーの女性の社会進出のgapをchild-care policiesの視点から書きました。

childcareっていうと、育休制度や保育園の整備などが挙げられます。

女性の社会進出を進めるには、1番仕事を続けにくい"妊娠/幼い子供を持つ女性"を如何にサポートするのかが重要です。(日本の女性の年代別就業率は、30代前後の就業率のみ下がるM字型です)

 

まずは仕組みから

日本の育休は、子供が1歳になるまでの1年間とることができます。その間の給与は最初の3ヶ月は67%、残りは50%が支給されます。

2015年の取得率は女性が85%前後、男性は1.85%です。(ちなみにこの男性の育休取得率は調査開始後 過去最高の値でした。)

 

 男性の育休取得を阻む主な原因がこちらです。

 

・性別分業役割

「男は働き、女は家事をする」これは、日本だけに限りませんが、儒教の影響が強い日本(東アジア)ではかなり根強い考えです。これによって男性がunpaid work(家事育児)を手伝う雰囲気がつくられません。

 

・政府のサポートの薄さ

ただでさえ文化が男性の育児参加を阻んでいるのに、日本では育休取得時の給与が非常に低くこれも障害となっています。gender wage gapがあるため、「稼ぎが少ない方が育休を取った方が得である」となってしまいます。

政府は男性の育休取得率を向上させるために、2010年から「パパ・ママ育休プラス」という制度を始めました。

これは、父親が育児休暇を取得して育児参加することによって、従来は1年だった育児休業期間をさらに2ヵ月延長させることができる制度です。ノルウェーのダディークオータを模倣して作られました。

しかしノルウェーと異なるところは、これは単に父親の育休取得を推奨する制度であることです。ノルウェーでは父親が育休を取らなければ、育児手当がかなり減額されるなどある種制度を"義務的"にすることで、男性の育児参加を促進させました。

 

文化による価値観は非常に根強いため本気で環境を変える必要があるならば、statutoryにすることも考慮に入れなければならない気がします。ノルウェーも1980年代の男性のunpaid workへの参加は日本と同じくらいでした。しかし政府の介入によって、(無理やりではあるけれど)、"平等"(ノルウェーでの最重要概念)な育児参加を達成させました。

 

 

育児休業制度① ノルウェー

 

Go morgen!

気づかぬうちに、オスロは最高気温が一桁の日々になっていました⛄️暦上は秋だけど、もうずっと寒いです…(笑) 昨日は7度で「今日暖かいじゃん」って友達と共感しあっていました。

この前まで秋休みという名の課題消化weekで、私も10/17,10/24に2つのterm paperを抱えパソコンと大親友になって毎日閉館まで図書館にこもる日々でした

 

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(見た目だけ秋です)

 

2つのterm paperのトピックは

①ノルウェーに関わるトピック(3ページ)と②福祉に関する北欧国家と他国の比較(12ページ)です

 

term paperで書いたことを忘れたくないので、ここに備忘録として残します。

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今回は①

私は「家庭の男女平等達成のための政府の介入」をテーマにノルウェーの父親専用の育休 "パパクオータ"(Daddy Quota/ Father's Quota)を取り上げました。

 

まずはシステムから

ノルウェーは1993年、父親の育児参加向上を目的に世界で初めて政策として父親専用の育休を導入しました。

ノルウェーの育休は42週間(給与100%)か52週間(給与80%)のどちらかを家族で選ぶ形となっています。その内の10週間は父親専用の権利(Daddy Quota)とされていて、もし父親がとらなければ(勿論母親も使えず)権利が消滅してしまうのです。さらにこの10週間は必ずしも一括して取る必要はなく、状況に応じて仕事を早めに終わらせて残りの時間を育休に充てる「パートタイム休業」も可能となっています。こうして仕事を長期的に休むリスクをできるだけ排除しました。

ノルウェーで、ダディークオータをフルで活用している割合は68%になっていて、かなり普及していると言えます。また5歳児以下の子を持つ83%の女性が雇用されています

 

男性の育児休暇取得促進には画期的なこの制度ですが、それでもまだ問題は残ります。

*男性が一時的に育児休暇を取ったからといって根本的な「性別分業役割価値観」は未だ残っている。

*男性側の負担:フレキシブルな休業は働く男性にとって有用ですが、仕事と育児の線引きが困難なために、このどちらも中途半端になる「二重のストレス」をもたらします。先行研究では、短期的な育休は仕事と育児の線引き機能を果たし、男性は育児優先することが明らかになっています。しかしフレキシブルな休業の場合これは機能せず、育児のための十分な時間をルーティンに確保できないことで「女性によるケア」を前提としてしまいます。女性を第一のCaregiverとして、男性は第二のCaregiverになり、育児の男女平等が達成されるどころか格差を広げるとも言われています。

ちなみに家事と仕事の二重の責任を負っていることによってノルウェーでは女性からの離婚申請による離婚が多くなっているそうです。

 

ノルウェーは高福祉国家である以上、女性の労働力も必要とするため、実質的にはdual-earner modelです。共働きの家族ですね。

そのため、本来女性が背負ってしまう育児と仕事の二重の責任をどのように分散するか、昔から国をあげて考えられていたことがよくわかりました。

 

日本の育休制度とか、もっと書きたいことはあるけど、長いのでこれでおしまいです。

更新に日が空かないように頑張ります

Tusen takk på læse!

 

ここにいるワケ

Return to the starting point.

 

そもそもなんで私は留学したいと思ったんだろう。

 

私が英語に興味を持ったのは中学3年生の時だった。

学校で行った1週間ホームステイstyleのオーストラリア研修が私と英語の出会いだった。

 

初めての海外、建物も人も道路の幅も物の大きさも、見るもの全てが日本と違う。すごくワクワクで好奇心でいっぱいだった。

そして何より日本語じゃない言語で、日本人じゃない人とコミュニケーションをとっている。。あの時、すごく自分の世界が広がった気がした。日本にいたら知ることのできなかった気持ちだった。まず"言語が違う"という状態に置かれることがなかったし、その中で「日本語じゃない言語で、日本人じゃない人とコミュニケーションが取れるんだ!」ということを知った。

それで私はもっと英語を勉強して話せるようになって、色んな国の人と友達になって、色んなことを話して、色んな考えを知りたい、そして自分の世界を更に広げたいと思った。

 

こうして私はなんとなく留学に、海外に興味を持ち始めた。

 

でも、今の私はどうだろう。留学に苦しんでる。あの時のワクワクなんかすっかり忘れて、悩みながら生きている。

これはある程度英語を使えるようになってきたからこそ、次のステップに進んでることなんだろう。このステップをクリアするには本当に本当に時間と自信と練習が必要になるんだろう。

 

最近は分かってもらいたい人に分かってもらえないことが少し苦しい。もう止める。有難いことに他にも頼れる人は沢山いる。Take another way:)

 

Studying at Night

 

 

昨日から休日の夜カフェにハマっています。

休日って大抵freeなので、weekdaysに溜まっていた課題や予習のリーディングを解消するのにぴったりなんですよ。

だけど、休日は学校の図書館が閉まっていて学校で勉強できないんです…私は家にいたら全く集中できないタイプなので、昨日までの週末はダラダラダラダラ過ごして、かなり無駄にしていました。

 

ここで思いついたのが夜カフェ勉

 

こっちのカフェは夜はバーに変身するところが多いのですが、EspressoHouseという日本でいうドトール的なカフェチェーンは、土日も23時までやっている素晴らしいお店です。

 

私は受験生時代から勉強は夜派だったので、週末はお家で夜ご飯を食べて、19時頃から23時までここで勉強し始めました。(お家で夜ご飯食べれば、beverageだけ頼めばいいから500円程度で済む!節約!)

 

するとまぁスラスラと勉強が進んで驚きです。

カフェで勉強する時の謎の集中力なんなんでしょうね…日本でもよくスタバで勉強するタイプでしたが、やっぱり集中できます。お金払ってる分集中しようと頑張るのかな?あと外で人の目があるのは大きいですね。

23時まで勉強したら、バス1本で帰宅してお風呂入ってそのまま寝ます。メリハリのついた生活ができて、初めての有意義な週末です。

 

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I've realized that it's pretty great to study in the cafe at night!

I've made use of a cafe as a studying place since this weekend cuz I can't consentrate on studying at home due to some temptations like a bed or iPhone. The Library in UiO is closed on weekends, so I can't find any place to work out  outside. However, I found finally~.  Though lots of cafe in Oslo consist of cafe and bar, EspressoHouse is a typical cafe shop and opens until 23:00 even if it's on weekend!!!! So the cafe has become my cozy and favoriate study space.

 

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Jeg studeret på kafé i helga. I hjem kan jeg ikke konsentrere på et lese, med i helga universitet i Oslo lukke en bibliotek. Så er det godt å være der :) 

En kopp kaffe kan jeg bestille på norsk! Hun(en clerk) foståt kanskje. I dag har jeg er lykkelig!

Har det!

コインと優しさ

 

こんばんは

 

前回の記事には想像以上のリアクションがあってすごく驚きました。

分かったことは、「みんな同じ悩みを抱えている」ということ。「自分だけできない」と殻にこもっていたけれども、みんな弱音を吐かず頑張っていたんだなぁと気づくことができました。メッセンジャーやラインなどコメントをくれた方々本当にありがとうございました!

 

今日あった良いこと

*カフェ勉をしたら部屋でやるよりすごく捗った

たった3時間だけど1番集中できたなぁ。

 

*前の人が物乞いの人のコップを蹴ってしまった時、その人がちゃんと謝ってお金を拾っていたこと

  人として当たり前かもしれないけど、物乞いに人間以下の対応をしないことにホッとしました。ちなみに拾うの手伝ったら 「〜〜(聴き取れず)Takk」って微笑んでくれて嬉しかった。

 

*ちょっとしたコミュニケーション

帰る時に寮のエレベーターで一緒になった人が話しかけてくれた。エチオピア出身でNice to meet youって握手してくれた。

こういうheartwarmingなコミュニケーションが出来るのも海外ならではと実感。暖かくてとても良い。

 

20時まで部屋に引きこもってたけど、やっぱり外に出た方が気持ちもリフレッシュするし絶対いいなぁと思いました。

起きたらEnglish ver 書くぞ。おやすみなさい

留学と自尊心

 

    私が留学で得たいものは、語学力でも学術的思考でも外国人の友達でもなく、自信なのかもしれない。

 

    幼い時から私に自尊心はあまりなかった。

   ここでは詳しく書かないけれど、振り返ると何をするにも周りと比較して生きていた。基本的に自分に価値はないと思っていたし、負けず嫌いな性格もそこに起因するだろう。

   今考えると、中高時代に学年トップであり続けたことも、周りに勝って自分の優位性を保つことで、自分の存在意義を見出していたんだろうなと思う。(こう書くと本当に性格悪いな…)(そして「じゃあなんで上智なの」と思う人もいるかもしれないけど、それは私の力が足りなかっただけです)

 

    中学3年生の時に仲良くなった友達によって、人と比較しないでマイペースに生きる方法もあると知った。その子のおかげで、随分と客観的に周りを見れるようになれたし、それがいきすぎて「何をするにも冷めていて、それがかっこいいと思う」時もあった。

 

   この生き方を知って、上手く自分をコントロールすることができているようになった。

    学業面では「優秀」でいつつも、マイペースに、時には諦めたり、だれたりすることで自分の自尊心のバランスを保っていた。程よく人よりできて、やるべきことはやれていることに自信を持っていたし、そのような自分に価値を感じていた。そのため大学生活ではネガティヴになることは少なかったし、深く悩むこともなかった。

    大学1年生の夏に出会った「模擬国連」というサークルは、私の考えを再び大きく変えた。環境は一変し、そこには大学名に関係なく優秀な人たちが沢山いた。そしてひたすら圧倒され続けた。最終的に 自分には届かない世界だ と思って、その人たちに追いつくことを諦めた。これは彼/彼女らと競って負ける自分が目に見えてたから向き合う前に逃げただけだ。(でもこの決断に後悔はない)

 メタ的な話になるけど、模擬国連で会議より人との交流に重点を置いたのもこれが要因だ。優秀な人とは話していて楽しいし、学ぶことも沢山あるし、私にとって貴重な財産であった。

だから関西大会後、 後輩 または研究会に還元する云々 とSNSで書いていた人たちに対して、素直に すごいな と思った。私にはそんな能力がないから。

 

    また大学2年秋に始めたスターバックスでのアルバイトも私にとって大きな転換点である。ここで久しぶりに自尊心のバランスが崩れた。周りの先輩たちはみんな完璧で(先輩だから当たり前なんだけど)、自分1人だけができない状態であった。

「私は何もできない」と最初の数ヶ月は自分を責め続けた。たくさん失敗して、たくさん泣いて、先輩や社員さんに助けてもらった。

できないことしか見ていなくて毎回のバイトで落ち込んで帰っていた自分が、10ヶ月後には少しの自信を持って楽しく働くことができた。("少し"なのは、できないことの方が多かったから。だけど できないからダメ という考えにはならなくなった。)

 

   ここで本題に戻る。

 

    留学に行くとき、不安は全く感じなかった。

時に挫折して苦しんで、最終的には楽しんで帰国するのだろうと思っていた。

    しかし現実はどうだろう。足りない英語力、人種の壁(人種マイノリティーの寂しさをつくづくと体感している)、生活に適応できない、友達も少ない、留学で学べて、楽しめてない、、、思い描いていたものと180度違っている。そしてその状況に辟易し、SNSで留学を楽しむ同期を見て、ますます「自分は何もできないんだ。無能なんだ。」と思い込み、「このままだと何も成長できない。英語力も伸びず、世界で大して仲の良い友達も作れず、異国での生活に適応できないで帰ってきたことになってしまう。どうしよう。」と思い続ける日が続いた。(まだ留学して1ヶ月経ってないのにね)

    バランスが完全に崩れて毎日1人になると精神的に不安定になった。「私の辛さはどうせ理解してくれないんだ」と思っていたため、日本で話を聞いてくれる人をも苦しませてしまった。

 「なんで留学で成長できないといけないの?」と聞かれた時は、「莫大なお金と時間をかけて、自分の弱さだけを知って留学終わらせたくないから」と答えていたし、そう信じていた。

 

    でもそれってつまり 自分の弱さから目を逸らしたいからじゃないのかな と、オスロに来てから最も泣いた今日、当たり前だけど、大切な本音がここでようやく見えてきた。

これまでの自分は、何だかんだ世渡り上手に生きて出来るところだけ見て自分を褒めて、出来ないところから逃げていただけだったのではないかな。私が留学の目的にしていたものたちは、私の自尊心を補完するものでしかないのではないかと思う。

 

    残り9ヶ月、自分次第ではまだまだ成長できるかもしれないと思った午後9時でした。