Vi skal ha pause?

オスロ大学に留学中。学んだこと感じたこと考えたことの記録。

居場所

 

 

3月なのにまだ雪が降るけれど、日没時間は日本より遅くて、ゆっくりゆっくり春が近づいている感覚です。

 

今日はメモ書きです

 

なんでノルウェーでの生活が常に一定程度辛いのか

 

自分が心から落ち着ける居場所がないから

 

当たり前の事だったけど今分かった!ていうかこうなることさえ考えず留学しました。留学の醍醐味といっても過言じゃないのかな

 

自分が意識せずとも自分らしくいられて、安心できる居場所(家族や友人)がここには無いからですね。

知らない人たち、関係の浅い人たちと出会うことは、新たな知見や視野を得られたりして大切だけど、そんな日々ばかりじゃ疲れてしまう…

ホームがあってこその挑戦だから。私は繊細で、特にホームを大切にするタイプみたいです。

 

落ち着ける場所をノルウェーで求め続けているけれど見つからず、その原因を自分の能力不足にしたり、周りと比較して自分を責めたりしていたんだなぁ。

 

つまりは留学が終わるまで根の根の部分は直せない気がするよね。

もちろんここで落ち着ける関係を見つける可能性もあるけど、あまり心を開かないタイプなので難しいかも。

 

留学して 当たり前の大切さに気づきます。日本製品の良さとか日本の家族友人のありがたさとか。私は根本的に日本人なんだろうな。

 

    この前感情が爆発して英語でこの6ヶ月の不安焦り辛さをポストしたら10人以上の外国人がメッセージをくれて励ましてくれました。こんなに助けてくれる人がいたんだ と驚きました。

    今まではブログに書くのみで英語でポストはしなかったけど(日本人に見られるのが恥ずかしかったから)、そうしなかったからこそ私の素の部分を彼らに知られることもなかったんだと気づきました。(speskingでスラスラ自分の気持ちを語れるほど英語力はないので、今まで伝えてこなかった)

   みんなの励ましはポジティブで優しくて私にはない考えでとても元気が出たし、稚拙な英語で恥ずかしいけど、頑張って彼らに伝えていこうと思いました。

 

 

留学も残り100日なので 留学記録となるように なるべく沢山自分の気持ちを綴りたいと思います。

Confidence

 

「自信」が砕けることが多い。

いつからこんなに自信がなくなったのだろうか

 

自信は砕けても良い。そこからどう這い上がるかが大切。ただ私は自信を失わないように、コツコツ一歩一歩着実に積み上げていく 慎重タイプだから、這い上がり方が中々分からず落ち込む日々が続くことが多い。

 

失敗しても挫けず這い上がる人がいわゆるtoughでglobalな人なんだろうなぁ。

 

人に頼るな 自分でなせば叶う

一歩一歩進め

困難にうちかて

あせらず、たゆまず、おこたらず

自信は努力から

 

湯島天神で売られている学業成就鉛筆に書かれている言葉たち。

受験生のときはこれを見て心を落ち着かせていたな。今でも心に残る言葉です。

 

自信が持てないのは「私の留学はこれでいいのか」と悩み続けているから。

留学に良いも悪いも無いから、自分で満足できるかどうかなんだと思うけど、私はまだ満足できていない。くだくだ言わないで努力しなきゃね。

自分と向き合う時間本当に多い。日本じゃ絶対考えなかった。

疲れた時の気持ち整理

 

こんにちは。今までのブログ読み返してみると 学術的なことより精神的なトピックが圧倒的に多くて 自分の留学は精神的成長(してるかわからないけど)なんだなぁ って思いました。

 

タイトル通り、疲れました 自分を責めすぎて。

文字にすることで気持ちの記録と整理をしたいなと思い更新します。

 

私の留学目標は「遊びも勉強も目一杯やりきる」ことです。

8月からずーーっと遊びを充実させられていない(自分比)ことで悩んでいます。

暇な時期は特にこれを感じていて、今は授業も週2しかないし始まったばかりで暇なので すごく悩んでいます。

 

遊びを充実させた っていう客観的な基準は無いから、これは自分で評価を下さなければなりません。

でも私は自分に自信が無いので、これまでも他人との比較によるモノサシで自分を評価してきたので、中々自分に対して自分が良い評価をくだすことはありません。

責める時は逆で、自分をひたすらに追い込みます。ここ最近「遊びが充実しない」という悩みに対して ずっと自分を責めています。(泣きすぎて疲れた)

「私が留学に行くより、他の人が行った方が絶対有意義に過ごしていただろうし、何で私なんかが莫大な時間とお金を使ってしまっているんだろう」と毎日思っています。

追い込んでも自分が余計に苦しいだけで 現状が良くなることはないけど、どうにもできない現状を自分を責めることで少しでも「どうにかしようと何かアクションを起こしている」と思いたいのかもしれません。

 

他人によるモノサシでしか自分を評価できない ってすごく弱いことだと 友達と話して気付かされました。自分に自信が無く正当に褒められないことは、就活でも非常に苦しむだろうし、自分の軸が他人によって決められているようなもので怖いです。他人に生かされてるって考えると全く自立できていなくて すごく情けなくもなります。でもそれが今の自分です

 

行動しなくては と思います。色んな要因もあるけど具体的な解決策も見えず動けていないことも事実です。

 

 

自分自らが自分に価値を付与すること

アウェイの環境で主体的に動くこと  

 

これが出来ない限り私の悩みは終わらないのかなぁ。

 

なんか重くなっちゃったけど文字にしてまとめると少しすっきり

 

たわ言を読んでくれてありがとうございます:)

 

p.s. 自分のことは自分しか守ってあげられない という暖かいアドバイスも貰いました。確かに… 今月1ヶ月は自分のことを責めずに生きてみたいと思います。

外国での日本人としての特権

余裕がない時ほどブログを書きたくなるのは何故だろうか…

今日は英語が出来ない日本人の愚痴と、そこから気が付いたことを書きます。

*前回の「英語が出来なくてもいい」という自分の考えとは全く矛盾したことが書いてありますが、まぁ色んな感情が共存していると捉えてください。笑

 

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 当初、私は日本人であることが留学において何のプラスにもならないと感じていました。アメリカは勿論、ヨーロッパから来た人たちは、母語がラテン語ベースだから、第二外国語として英語を簡単にマスターしているから、ノルウェーに留学していても意思疎通で困ることは全くない。クラスメイトとの会話で困ることは全くありません。楽しく話して交流を広げられています。授業でも絶対私の方が真面目に勉強しているし考えている(はず)なのに、彼らは英語が出来るから、勉強しなくても気軽にコメントできるし、予復習やぺーパー、試験にも時間がかからない。ノルウェー語もラテン語ベースだから私より全然習得が早い、発音も上手い。英語というものだけで、彼ら>私 となることがずるいって思った。(そもそもツールが使えてないから当たり前の話なんですけどね)

 いやぁ~ずるい。

 これしか初めは思いませんでした。一般的な日本人であるが故、大きなdisadvantageがある。と。でも3か月でその考えが変わってきました。

 

 オスロ大学には日本語学科があって、日本語を学んでいるノルウェー人が沢山います。また外部のイベントでも日本語とノルウェー語の language exchange があって、昨日パートナーだった人は、独学で日本語を学んでいました。

 

小さい、端っこにある日本や1か国でしか使えないであろう日本語に興味を持つことは未だに理解することが難しいけど、「興味を持ってもらえる」ということの嬉しさをノルウェーでよく感じました。

 

 韓国人の友達と「アジア人は西欧諸国の文化/ノリに入っていけない」ということを話した時にも、彼女に「でも日本はいいじゃん~(日本出身であることを言えば)寿司とか京都とか沢山興味持ってもらえるから。」と言われました。

 ノルウェー語のクラスメイトにも、日本を訪れたことがある人が沢山いて、色々な日本語を知っている人もいて驚きました。婚約している韓国人の友達は、「ハネムーンは日本に行く」と言っていました。

 最近カフェテリアで出会ったイラン出身の女の子は、「はじめまして、日本人ですか?ずっと日本人を探していたの!初めて会った!私は日本語を勉強しているから仲良くしてほしい」と声をかけてくれ、今では週2、3で会って英語(とノルウェー語)と日本語を教え合うような関係になりました。

 移民局で質問をした時のスタッフも最初は「中国人?」って尋ねてきたのに、日本人だとわかると「僕の彼女が三菱で働いているんだよ!」って言ってて驚きました。

 

 偶然かもしれないけど、色々な遠い国の人達が日本に興味を持っていたり、コネクションがありました。

 

 アメリカだったら、既にアメリカ文化は世界共通のものになっているから、最早”独自文化”っていう意識が無いだろうし、こういう嬉しさを味わわないのかもしれません。英語だって母語だから成長とか感じないのかもしれません。

(そもそも 留学=成長 って捉えてなさそうだけど)

 

 こんな小さな島国なのに、色んな世界の人が知ってくれて、興味を持ってくれているんだと考えると、日本ってすごいんだなぁ~と時々誇りに思います。

 

 そして同時に私も、色んな国の文化とか言葉とか少し興味を持って学んでおくと、その国の人に出会った時に喜んでもらえるから、調べたいと思いました!

 

 読んでくれてありがとうございます!

ハタチの終わりと3ヶ月を振り返って

 おはようございます!

 

もうすぐ21歳になるので自分が1年何をしてきたのか、また3ヶ月の留学を整理したいと思って記事を書きます。テスト前で書いてる暇なんてないけれど、思いは鮮度が大切だと思うので。

 

毎年の如く この1年はあっっという間でした。    

    あっという間と感じることは毎日を充実できていると捉えているので、ネガティブには感じませんが、もう少し今ノルウェーでできているような自分と向き合う/心を整理する時間を取れたら良かったなと思います。

 

11月 留学/ゼミ/プロジェクト派遣の決定

3月 KAKEHASHIプロジェクトでアメリカ研修(http://sv2.jice.org/news/KAKEHASHI2016_univ_yoko.pdf)

8月 留学スタート

が主なイベントでした。

 

11月は色々な事にチャレンジした時期でした。

留学やゼミなど将来の進路が決まるイベントだらけだったので、いつもより沢山「自分はなぜこれをしたいのか」ということを深く考えていました。英語は全然できないのに3倍の倍率があったプロジェクトに合格できたのは、今でもよく分かりません。運が良かったです。多分

そして無事、オスロ大学への留学、第一希望の比較政治学のゼミ、プロジェクトへの派遣が決まりました。

 

3月のプロジェクトに関しては書くと非常に長くなるので、別で書きたいと思います。1年越しで来年の3月に書こうかな。

 

8月いよいよ留学のスタート。ここからは留学の振り返りです。間違いなく20年間で1.2番に大きなイベントです。

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【留学ブルー】

    前の記事を読んで頂ければお分かりの通り、誰もが通る"留学ブルー"に深く悩み苦しみました。もう恥ずかしくて記事読めないし、消したいけど、私の留学に不可欠なピースなので残します。いつか読めるといいな。(あ、想像以上の人から同意/励ましのリアクションを貰ってすごく元気が出ました。ありがとうございました!)

    1番深い留学ブルーは脱しました。(まだ色々悩みます。) これは 自信がついたからでも、英語ができるようになったからでもありません。時間が解決してくれました。あんなにも追い込まれていたのに、生活に慣れ、授業やイベントを通して少しずつ友達ができてきて、「日常」が決まってくると、Take it easy 思考になってきました。今考えると、初期は授業も無くて暇で、見知らぬ土地で寂しさで覆われていました。「友達もすぐにできる訳じゃないのに、」当時も言い聞かせていたけれど、やっぱり納得できなかったこの考えも友達ができた今は分かります。

     けれど、主体的にコミュニティを広げていけたか と訊かれると完全に頷くことは出来ないです。受け身精神が残っています。なので次のセメスターの目標は主体性について考え、行動することです。

 

【日本コミュニティからのexclusion】

    よく日本でいたコミュニティから排除されていることを感じ、それに悲しむ時があります。その場にいることができなかったり、話していることが分からなかったり、やっぱり辛くて、1人だけ置いてかれてしまうように思います。帰って来たら元どおりになるだろうし、日本にいないのだからコミュニティから離れてしまうのも当然なのに。

    ノルウェーに来てから 自分が如何に日本でコミュニティに依存して生きてきた のか実感します。上の主体性とも関わってくるけど、まだ本当の意味で1人でいられることは私には厳しいようです。 だから日本にいても連絡をくれる友達の有難さが身に沁みます。

 

    今、日本にもノルウェーにもいない宙ぶらりんな感覚です。日本とは物理的に離れていて、流行りも分かりません。この前動画で日本の電車のアナウンスを聞いた時、なんだかすごく「変」に感じました。新宿三丁目の写真を見た時非常に懐かしさを感じました。一方でノルウェーに属しているとも思いません。私は1年間のみの留学で来た身だし、言語も分かりません。"アイデンティティの喪失" とは違うけど、どこかふわふわしている感じを味わっています。

 

【勝ち負けの精神】

    負けず嫌いな性格ですが、こっちに来てからいかに競争社会の考え方に毒されているのか痛感します。やっぱり「他者との比較で優れている方が良い」と感じてしまいます。

英語ができる人が羨ましくなるし、良いグレードを取った人が羨ましくなります。人と比べて「でも自分は…」と落ち込む時も沢山あります。大事なことは「自分との勝負であること」だと頭では思いますが、競争社会に20年晒されると、自信を無くして中々修正できません。初めの記事で述べたように「自信を持つこと」、これもノルウェーでの課題です。

 

【自分にとっての英語の必要性】

    自分の留学目的の1つとして語学力向上があります。でも私は将来日本を出て働きたい訳では無いし、外資系企業に勤めたい訳でもありません。leadershipやinitiativeなんていう言葉に全く興味もありません。旅行をしたり、論文を最低限読める英語力は備わっています。正直、日本に生涯いるなら、日本の要素だって大切です。日本に関する教養は中途半端のままです。

    今までは学校や政府によって作られる「グローバル化」に流されるがまま「とにかく英語ができた方がいい!私には必要なんだ!」と思っていました。(日本にいるから英語を学ぶ必要が無いとは全く思いません。何かを学ぶことは教養をつける上で非常に大切です。)

    でも留学をして思うことは、日本にいたら必要な英語のレベルは達成している上で、自分はどこまでの英語力をつけたら満足するのか。ということです。未だに答えが出ません。何にも考えないで「英語=重要」と考えてきたからこそ当たる壁です。

 

 

    留学をして こんなにも自分と向き合うとは思いませんでした。向き合っている時はモヤモヤしているけれど、こうやって考えている時間の大切さは日本にいたら気づきませんでした。それが1番大きな収穫です。

 

こんな長くまとまりのない記事を読んでくれた方は本当にお疲れ様でした! ありがとうございます。 

育児休業制度 ②Japan

 

こんばんは。前回の宣言とは裏腹に更新に大分日が空きました。

時間は沢山あるけれど、溶かしていることを実感します。暇な時間が全然無くて(毎日日本よりではないけれど)追われています。

 

ノルウェーでは短すぎる秋が終わり冬が始まりました。0℃を超えると暖かいと感じられるようになりました。ちなみに日照時間も8時間を切り、どんどん短くなっています。(今日はsunrise 8:03, sunset 15:58でした)

 

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(旅行で4日間ノルウェーから離れていたのですが、帰ってきたらこんなことになっていました)

 

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さて本題に入りますが、今回は日本の育休について書きます!!

これはtermpaper②に関連していて、私は「日本とノルウェーの女性の社会進出のgapをchild-care policiesの視点から書きました。

childcareっていうと、育休制度や保育園の整備などが挙げられます。

女性の社会進出を進めるには、1番仕事を続けにくい"妊娠/幼い子供を持つ女性"を如何にサポートするのかが重要です。(日本の女性の年代別就業率は、30代前後の就業率のみ下がるM字型です)

 

まずは仕組みから

日本の育休は、子供が1歳になるまでの1年間とることができます。その間の給与は最初の3ヶ月は67%、残りは50%が支給されます。

2015年の取得率は女性が85%前後、男性は1.85%です。(ちなみにこの男性の育休取得率は調査開始後 過去最高の値でした。)

 

 男性の育休取得を阻む主な原因がこちらです。

 

・性別分業役割

「男は働き、女は家事をする」これは、日本だけに限りませんが、儒教の影響が強い日本(東アジア)ではかなり根強い考えです。これによって男性がunpaid work(家事育児)を手伝う雰囲気がつくられません。

 

・政府のサポートの薄さ

ただでさえ文化が男性の育児参加を阻んでいるのに、日本では育休取得時の給与が非常に低くこれも障害となっています。gender wage gapがあるため、「稼ぎが少ない方が育休を取った方が得である」となってしまいます。

政府は男性の育休取得率を向上させるために、2010年から「パパ・ママ育休プラス」という制度を始めました。

これは、父親が育児休暇を取得して育児参加することによって、従来は1年だった育児休業期間をさらに2ヵ月延長させることができる制度です。ノルウェーのダディークオータを模倣して作られました。

しかしノルウェーと異なるところは、これは単に父親の育休取得を推奨する制度であることです。ノルウェーでは父親が育休を取らなければ、育児手当がかなり減額されるなどある種制度を"義務的"にすることで、男性の育児参加を促進させました。

 

文化による価値観は非常に根強いため本気で環境を変える必要があるならば、statutoryにすることも考慮に入れなければならない気がします。ノルウェーも1980年代の男性のunpaid workへの参加は日本と同じくらいでした。しかし政府の介入によって、(無理やりではあるけれど)、"平等"(ノルウェーでの最重要概念)な育児参加を達成させました。

 

 

育児休業制度① ノルウェー

 

Go morgen!

気づかぬうちに、オスロは最高気温が一桁の日々になっていました⛄️暦上は秋だけど、もうずっと寒いです…(笑) 昨日は7度で「今日暖かいじゃん」って友達と共感しあっていました。

この前まで秋休みという名の課題消化weekで、私も10/17,10/24に2つのterm paperを抱えパソコンと大親友になって毎日閉館まで図書館にこもる日々でした

 

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(見た目だけ秋です)

 

2つのterm paperのトピックは

①ノルウェーに関わるトピック(3ページ)と②福祉に関する北欧国家と他国の比較(12ページ)です

 

term paperで書いたことを忘れたくないので、ここに備忘録として残します。

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今回は①

私は「家庭の男女平等達成のための政府の介入」をテーマにノルウェーの父親専用の育休 "パパクオータ"(Daddy Quota/ Father's Quota)を取り上げました。

 

まずはシステムから

ノルウェーは1993年、父親の育児参加向上を目的に世界で初めて政策として父親専用の育休を導入しました。

ノルウェーの育休は42週間(給与100%)か52週間(給与80%)のどちらかを家族で選ぶ形となっています。その内の10週間は父親専用の権利(Daddy Quota)とされていて、もし父親がとらなければ(勿論母親も使えず)権利が消滅してしまうのです。さらにこの10週間は必ずしも一括して取る必要はなく、状況に応じて仕事を早めに終わらせて残りの時間を育休に充てる「パートタイム休業」も可能となっています。こうして仕事を長期的に休むリスクをできるだけ排除しました。

ノルウェーで、ダディークオータをフルで活用している割合は68%になっていて、かなり普及していると言えます。また5歳児以下の子を持つ83%の女性が雇用されています

 

男性の育児休暇取得促進には画期的なこの制度ですが、それでもまだ問題は残ります。

*男性が一時的に育児休暇を取ったからといって根本的な「性別分業役割価値観」は未だ残っている。

*男性側の負担:フレキシブルな休業は働く男性にとって有用ですが、仕事と育児の線引きが困難なために、このどちらも中途半端になる「二重のストレス」をもたらします。先行研究では、短期的な育休は仕事と育児の線引き機能を果たし、男性は育児優先することが明らかになっています。しかしフレキシブルな休業の場合これは機能せず、育児のための十分な時間をルーティンに確保できないことで「女性によるケア」を前提としてしまいます。女性を第一のCaregiverとして、男性は第二のCaregiverになり、育児の男女平等が達成されるどころか格差を広げるとも言われています。

ちなみに家事と仕事の二重の責任を負っていることによってノルウェーでは女性からの離婚申請による離婚が多くなっているそうです。

 

ノルウェーは高福祉国家である以上、女性の労働力も必要とするため、実質的にはdual-earner modelです。共働きの家族ですね。

そのため、本来女性が背負ってしまう育児と仕事の二重の責任をどのように分散するか、昔から国をあげて考えられていたことがよくわかりました。

 

日本の育休制度とか、もっと書きたいことはあるけど、長いのでこれでおしまいです。

更新に日が空かないように頑張ります

Tusen takk på læse!